一つ一つの出会いに思うこと

映画の題材としても頻繁につかわれているのが「出会いと別れと死」人間の全てがギュッと詰まっている題材なのだが、亡くならなければその存在の大きさが解らないでいることなんて多々あること。これは人間にだけで言えることじゃない。

出会いと死の体験談

死ぬなんてことを毎日意識しながら生きている人間は少ない。なぜなら自信が経験したことがないことだから想像もしようがなく他人の死をみてはるかに死をいしきすることはあっても自分が死んだときのことなんて考える必要はありません。私は酷いことをした、辛い思いをさせてしまっていたんだと酷く後悔をし自己嫌悪に落ちる。自分も死ねばよかったとさえ思う時だってある。そう思うようになったのはとある女性との出会い。かのじょはすでにもうこの世にはいない。なぜなら私が彼女に孤独を感じさせてその孤独に耐えきれなくなった彼女は自ら命を絶つことを決意したのだった。

出会ったのはちょうど今から六年前の夏。スナックに通い詰めていたわたしが目当てにしていたのは彼女でした。特になんの特徴もなく際立って美人と言う訳でもなく居たって普通の女性。そんな中にも品があり同じ時間をお店で過ごすのがとても気に入っている時期でした。

お店に通うようになってから一カ月ほどが経ち私は既に彼女を恋人として受け入れていました。交際が始まっても彼女はお店で働き続けました。それが私にとっては良いことだったのか悪いことだったのかはわかりません。なぜなら自立している女性が好きでしたから。しかし彼女は私に次第に依存するようになっていました。甘えられることに対してはとてもいいことだし頼られていると言った感じで良かったのですが、私はだんだん感情が他の女性に向くようになり彼女との時間よりも一方の時間を最優先してそれを仕事の都合ということにしていました。

なくなってからでは遅いと胸に刻むこと

別れ話をするのが正直面倒でしたので自然消滅を狙い連絡を取らないようにしました。すると彼女から「さようなら」というメールが。私はメールをみて、解ってくれたんだなと思っていました。翌日、知らない番号からの電話がありました。警察でした。彼女は夜道独りで歩いていたところを男性二人組に辱められ、そのまま飛び降り自殺をしたと。

彼女が死んだことを聞いて初めて自分の愚かさを心に切り刻まれました。遺品として残っていたケータイ電話には未送信メールが何件もあり宛先は記入されておらず、それは全て彼女が綴った孤独との闘いでした。後悔と言う言葉では簡単にすまされない、そして償い方がわからない。人が死んで初めて人の命を思う。それでは遅すぎるのです。

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